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2009年6月

2009年6月29日 (月)

D君報告 Tさん、元気になってください!

今日、病院に行ってみると、D君の前にいたTさんがいなくなっていた。

「どうしたの?」とD君に聞くと、今朝嘔吐してから、病室を移されたらしい。

Tさんは、3月2日の入院の時、初めて同じ病室で過ごした人。

60歳を過ぎた男性で、心臓の人工弁、人工血管の手術後

いったん帰宅したものの、調子がよくなくて、再入院されているとのことでした。

そして、D君が一般病棟に入り、しばらくして又、同じ病室になリました。

Tさんは、3月に入院から、いったん帰宅したものの、

又調子が悪くなり、再入院されていました。

3月にお会いした時より、元気のない歩き方をしていたので、心配していました。

先週の水曜日の夜、Tさんは、転倒してしまい、顔を強く打ったのでしょうか?

血液をさらさらにする薬(ワーファリン)を服用しているため出血が止まらなくて大変だったとD君。

顔が、内出血で腫れ上がっていましたweep

金曜日にお会いした時は、内出血がひどく、目を開けられないぐらいに腫れてて

元気なさそうに、ベッドに横たわっていました。

だんだんと元気なさそうになっていくTさん。weep

病院内の出来事だったので、”大丈夫!大丈夫!!”と、心の中で祈る思いで、Tさんを見ていました。

それなのに、今日、Tさんのベッドは空いていて、何処かに行ってしまったらしいのです。

「どうか、どうか、元気になって下さい!」

「神様、今度は、Tさんに会う時は、元気な笑顔を見せてください」と祈る思いです。

さて、D君は、明日の心臓の検査の結果により、もし異常がなければ”退院”と言われているそうです。

一般病棟に入った頃のD君を知ってる患者さんから、「さすが、若いね~note快復がはやいね~happy01」と、声をかけてもらいました。

D君は、今日もテレビをつけ ”僕の生きる道”草彅剛主演のドラマを見ていました。

余命一年と宣告された高校の生物教師が、死の恐怖と直面し向き合う中で、

生きることの真の意味を見出していくドラマ。

D君は、何を思って、このドラマを見てるのだろう?

彼の見るドラマのほとんどが、医療現場のドラマだったりしている。

”命”にかかわることに関するドラマを好んで見ている。

そんな彼を見ていると、とても切ない気持ちになってしまう。

D君は、「未来は分からないから、面白いんだよ」「なにが起こるか分からないから面白い」

そんなことを笑いながら言うD君。

人の命だって、寿命だって、ホント、分からないこと。

重い病気をしていて、長くい生きられないと思っていても

長く生きてる人もいるし、昨日まで、あんなに元気だったのに・・、と言うこともある。

どちらにしても、今生きてる、今を大切に生きるということをD君から教えてもらいました。

D君が生れてきてくれたから、いろんな勉強が深くできると思うです。

ありがとう。D君・・・

2009年6月26日 (金)

D君報告 入院から初めての帰宅

今日から、2泊3日の外泊許可が出たD君。

3月2日の入院から、初めての帰宅。

外泊といっても、自宅でおとなしくして、出歩かないようにと、ドクターからの指示がありました。

お寿司が食べたいというD君。

ドクターに外食をしても良いのか?確認をすると

困ったような顔をしながらも、「しょうがないなぁ~。それぐらいはいい事にしようか?」

と許可してくださいました。happy01

そして、今日の病院からの帰る途中、昼食にD君と回転寿司を食べましたriceball

久しぶりのお寿司を美味しそうに食べたD君。

そして、久しぶりに自宅に帰り、以前のように生活するD君。

とっても、とっても嬉しかったのです。note

まだ体重は40キロぐらいしかないので、もっと筋肉をつけないといけないD君です。

それでも外泊許可してくださったこと、とてもありがたく思えましたcrying

病院を出る前に、D君はHCUに行き、以前お世話になった看護師さん達に

挨拶してから帰りました。

私服を着て、普通に歩くD君を見て、看護師さん達、涙を浮かべながら

「D君、普通の子や~ん!普通に歩いてるやんcrying わぁ~すごいやんweep

HUCに入った当初は、意識がもどったばかりで、まだ左手が麻痺しているとか

左足が動いてないかもしれないとか、寝たままの状態の時でした。

HCUから、今の普通病棟に入ったころは、まだ車椅子の生活で

補助で支えながら、歩くことが出きる生活でした。

何事もなかったように、D君は笑顔で元気に歩いて病院を後にしました。

2009年6月23日 (火)

D君報告 命は大切

ブログお休みしている間に、D君は車椅子無しで、病院内を歩き回れるようになりました。

35キロまで落ちていた体重ですが、食事ができるようになってから

現在39キロとなりました。

急激に体重を増やすのは、心臓に良くないらしく、少しづつ増やしていくそうです。

ドクターの話では、この調子だと、今週中に外泊できそうとのことです。

リハビリの先生から、外泊するのであれば階段に手すりをつけたほうがいいのでは・・・

と勧められましたが、ドクターは、「調子いいから、手すりはいらないでしょう」と。

それほど調子のいいD君です。

昨日は食事をしながら、D君はいろんな話をしてくれました。

「お兄ちゃんもそうだと言ってたけど、お嫁さんにするなら、家庭的な人がいい。家庭の中を仕切ってるような強い女性はダメ。」

「きっと、うちの家庭環境が他の家庭環境と違うから、兄弟はみんなそう思うんだと思うよ」

「お母さんは、かわってるよ!なんで子供を5人も産んだの?経済的なこと考えたら、少ないほうが良いでしょう?」

「女の子が欲しくて生んだんでしょう?」

なんて話をしました。

私は、「女の子が欲しくて生んだんじゃあないよ。子供が欲しくて生んだのよ」

「せっかく授かった子を堕胎なんで出来ないでしょう?命は大切よ」

って、D君に言うと、「命が大切っていうことは、たぶん僕が一番良く分かってることだよ。」

「命がなかったら、僕は此処に存在しないのだから」

「それにしても、かわってるよ。経済的なことをみんな考えるんだよ」とD君。

私は、「そんなこと考えてもしょうがないよ。現に5人生んでも別に困ってないし。」

「案外少子化のほうが、過保護にして一人の子にお金かけたり、甘やかしたりして

不必要なお金が出たりして困ってるところもあるよ」

「お金に余裕があれば、子供に使ったり、別のことに使ったりするものだし、

子供が多くてお金がかかるのがわかってるから、無駄使いをしないように最初から考えてるし(笑)」

「子沢山の家庭でも、ちゃんと幸せに暮らせるようになってるのよ」

「お金より、命のほうが大切だからね」

なんて話をしたら、ニコニコ笑いながら納得した様子のD君でした。

ほんと!命は大切。

今回のことで、命をつなげることが出来たこと、感謝です。

どんなに大金が入ったとしても、命はお金にはかえられないのです。

2009年6月12日 (金)

D君報告 良いことしか覚えていないD君

最近は、いつもD君と病院内を散歩しています。

普段だと18歳のD君とは、そんな話をゆっくりすることはないのですが

いろんな会話が出来て、楽しいものです。

手術の日は、そんなに難しい手術だと思っていないから

普通に何の不安もなくオペ室に入ったとD君は言っていました。

手術のことを「とっても大変だったんだよsign04coldsweats02 ドクターのほうが死にそうになるぐらい大変だったんだよsign04wobbly」と

D君に言うと、笑いながら「おれ知らんしsign04coldsweats01 死ななくて良かったねgood」だそうで、手術のことは、まったく覚えてないようです。

術後、ICUにいたときのことを、D君は夢の中か現実かわからないと言っていましたが、不思議と現実と一致していて、覚えているのです。

私がいつも左側にいたこと(D君は目を開けていないのにcoldsweats02)や、D君の好きなCDが流れていたこと、部屋の様子。処置のこと。等など・・・

象が倒れるぐらいの鎮静剤を打ってたにもかかわらず、時々はちゃんと覚えてるのです。

一日の過ぎるのが早かったと言ってたので、きっと熟睡してた時は、すっかり眠っていて

時々意識が戻っていたのでしょうね。

D君の意識がはっきり戻ったのは、HCUにかわってからだと言ってました。それは、鎮静剤を止めて身体から完全に抜けてからで、術後1ヶ月半を経ったころになります。

その時は、「手術が終わったか」と思って目を覚ましたそうです。

そして、自分の体が思うように動かなかったから、「おれ、どうなってるのsign02」と思ったらしい。

「でも、意識がなかったときも、夢の中で動かなかったから」・・と、笑いながら、何事もなかったかのように話してくれました。

D君は、全く苦しい時のことを覚えてなくて

目覚めた時は、手術が終わったと、ただそれだけを思っていて

そして、手術前のときより、術後の方が元気と喜ぶD君。

あんなにまわりは大変だったのに・・・・sweat01D君は良いことしか覚えてないheart

すごsign04い。そう私は思いました。

リハビリの先生が、D君のこと、「さすが神の子さんですねnote」と言ってくださいました。

私がD君のベッドに置いているお守りのこと、知ってくれていました。

「僕の母もいつも僕のために祈ってくれてたんです」と言われ

びっくりしましたsign03

わぁおぅsign04eye

2009年6月10日 (水)

D君報告 手術前より元気なD君

普通病棟が空いたので、月曜日に普通病棟に変わりました。

HCUの皆様にお世話になる期間が長く、皆さんに親切にしてもらったD君は

本当はさみしそうでした。

「別にHCUでも良かったのに・・・ HCUはフレンドリーで良かったのに・・・」と

普通病棟の婦長さんに・・・coldsweats02 そんな事いちゃって良いの? 一瞬言葉を失ったしまった私です。sweat01

やせてる以外は、手術前と変わらない・・・と言うより、

D君は、「手術前よりずっと体の調子がいいから、退院したら、スポーツ始めたいsoccer

なんて調子のいいことを言い始めました。

先生もあきれた様子で、「手術前が調子が悪すぎたんだよ」と、説明してくださっていました。

食欲も旺盛で、今日からの食事は、刻み食から、普通食に変わり

カロリーも増えたそうです。

今日、実家の母親がD君に久しぶりに会い、以前のD君から

ずいぶんと元気そうなD君を見て、とっても驚いていました。

担当外科のS先生に「こんなにまで元気にして頂いて、本当にありがとうございます」

と頭を下げていました。

S先生は、4月から来た担当の先生で、D君の手術には立ち会った先生ではありませんが

ニコッと、本当に嬉しそうな顔をされていました。happy01

此処の病院は、命にかかわる重症の病気の人ばかりが運ばれてくるので

先生方は、いつも大変そうsweat01

みんなD君と同じように元気になって欲しいものです。scissors

2009年6月 3日 (水)

D君報告 白米に感動のD君(今日で手術から3ヶ月目)

昨日、初めて間食に、すうどんnoodle(スープは飲めない)とざる蕎麦を食べました。(嚥下のリハビリの先生の監視の元で)

そして、今日から普通食(でも、細かく刻んだ”刻み食”だそうです)に変わりました。

昨日まで、どろどろの食事から、食事に白米が出てきて

3月2日以来、初めての白米で、

D君は、その白米にとっても感動したそうですriceball

飲み物が飲みたいと、昨日リハビリの先生に伝えてたD君。

今日から、飲み物もokが出ました。ただし、少しずつだそうです。

夕方になって、お腹がすいたらしく、間食にカレーパンを食べました。

今の病院食だけでは、物足りないらしいのです。

今日は、D君が手術してから、3ヶ月目となりました。

そうそう、あの頃は毎日が、何がなんだか分からないまま過ぎていったような・・

ただただ無我夢中だったのですが

その頃と今を比べたら、精神状態は、天地の差です。

しばらくご無沙汰していたICUの皆様に

今日、手紙を書き、D君と一緒にお礼に伺いました。

皆さん、D君の面会を喜んでくださり

目に涙を浮かべて、D君の回復を喜んでくださいました。

内心、「この人誰?」と思う人もいて・・・ここの病院は、人数多すぎで

お世話になってる人の顔さえ、私には分かりません。

それほどまでに沢山に人たちのお陰で、今日のD君がいるのですねcrying

皆様の暖かい言葉に励まされ、此処まで来れたことを

改めて思い返し、感無量の私ですcrying   人から受けたご恩は一生忘れないでいたい。

そんな私でいたいと思います。

Udonn1 昨日手術の日以来、初めて食べたうどんnoodle

「スープ飲みてー」と言いながら、美味しそうに食べていました。

この写真、上にラップがかかっていますcoldsweats01

2009年6月 2日 (火)

結婚してから、初めてです

結婚して以来、初めて毎日一人で外出している私です。

もちろん、D君の面会のために・・・

それまでの私は、本当にまじめな、引きこもり専業主婦でしたから・・・(笑)

(もちろん、引きこもりではありませんsign01

外出の多くは、家族と・・・夫と一緒だったり、子供と一緒だったり、

又は、学校関係のことだったりがほとんどです。

子供が5人いると、学校の行事も多々ありましたし・・・

それで、初めて山奥(我が家)から、大阪の都会に一人で毎日通うことが

なんとも長い間専業主婦だった私から開放されたような気持ちでいます。

さすがに、D君の様態が良くなかった頃には

そんな気持ちにはなれませんでしたが、

元々”でべそ”な私は、D君も元気になってくれているので、なんだかウキウキと嬉しい毎日です。

先日、エレベーターに乗ろうとしたら

満員だったのですが、早く家に帰りたかったので、乗ちゃいました。

後ろにいた50代くらいの男性の体にあたらないように

気をつけて乗ったのですが、

何故だか後に立ってるその男性の息づかいが、荒くなってきて・・・

それに、なかなか目的地までに時間がかかってしまい

その後ろに立ってる男性は、自分でもどうすることも出来ない、

そんな感じで”ハァハァが激しくなってきていました。sweat01

気の毒なので、気が付かない振りをしていたのですが

エレベーターを出た後、思わず、こっそりその方の顔をみると

真っ赤になっていましたcoldsweats02

出歩くと、いろんなことがあるのですねsign04sweat01

34寄り添ってる貴方と私・・・

そんな”ピーエルド・ロンサール”です。

D君報告 脳梗塞が消えてる!!

いつのまにかD君は、繋がっていた点滴も注入食の管も全てが外れ、

食事も口から食べれるようになり、シャワーを浴びたりと

後は、筋肉をつけて体力をつけるだけとなりましたscissors

35キロまで下がっていた体重も、口から入れるようになってから

1キロ以上増え、昨日は、36・15キロとなりましたnote

そして、支えを使って歩くのも、ずいぶんとしっかりと歩けるようになったらしく、

シュシュシュsign04dashと、歩くらしいのですrun

リハビリの時間と面会時間が違うので、まだその姿は見ていませんが、

そうらしい・・・note

手術が手術だけだったために、慎重に慎重に進めているリハビリですが

D君の回復力が早くて、「わsign04sign04sign04sign04lovely」と看護師さん達に言われています。

「順調すぎて、怖いくらいです」なんて言われていますnote

CTの検査の結果、脳梗塞の影も消えてるらしいのですsign03

そうですよね。確かに当初、脳梗塞と言われていたのに、今は症状が全くないのです。sign03

あの時、ドクターから、しっかりした脳梗塞の塊が出来てると言われたはずでした。

そして、ICUにいる間、右は動いても、左は動きませんでした。

意識が戻るにつれ、かすかに動き始めて喜んだものでしたnote

アンビリーバボー sign03heart01heart04

32

フレンチローズのポール・セザンヌ。

フレンチローズは、香りも良いし

オシャレなバラが沢山ありますねlovely

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